「地元を離れ社会人としての経験を積み、いずれ知床にもどり、地元の役に立ちたい。希望を抱き、真人さんが、ウトロを離れたのは十六歳の時でした。」
北見の高校・札幌の大学に進み、大手インテリアメーカーに就職。百貨店でのイベントや展示即売会の企画を立て、高級絨毯を販売する仕事をこなしていました。不況の波が年々激しくなる中、ノルマを背負う営業の仕事は厳しく、それでも目標の数字をガムシャラに残してきました。
しかし、予想を越える経済の悪化に、販売は思うようにいかず、突然飛び込ん来た「沖でケガをした父親の知らせ」に、「これが転機」と地元に戻る意志を固めたそうです。そして、ウトロに戻り、父親の恵治さんが経営する貳拾参号(にじゅうさんごう)漁業部に戻り、漁師の道を踏み出したのでした。 |