

空が明るみ始めた午前5時、えりも町・歌別地区の前浜に昆布漁の操業合図である白旗が揚がると同時に、何隻もの小型船が次々に海へ漕ぎ出した。採り昆布漁が行われる夏場の漁場は、前浜から数十メートル先のゴツゴツとした岩礁地帯。漁師たちはそれぞれに良好なポイントを見定め、「カギ棹」という長い棒に昆布を束ねて引っ掛け、人力だけで一気に引き抜く。波の揺れをものともせず、上体を後ろに倒し勇壮に昆布を引き揚げる様子は、まるで昆布相手の綱引きのようだ。すばやく大量に、しかも良質な昆布を引き揚げるには、長年の経験で培った熟練の技がものをいう。
1回30~40分ほどの操業で船上に山積みになった昆布は、専用のクレーンで水揚げされ、砂利を敷き詰めた干場へ。空になった船は、休むことなく再び漁場に向かい、干場では待ち構えていた“陸廻り(おかまわり)さん”と呼ばれる作業員たちが慌ただしく動き始める。日高の採り昆布漁は、水揚げしたその日のうちに天日乾燥させるため、干し作業は時間との闘いだ。最盛期のこの時期は、子供も大人も家族総出で昆布干しに精を出す。天候を読みながら、1日4~6回ほど漁場と浜を往復し、訪れたこの日、昼過ぎには干場一面が、広大な昆布のじゅうたんになった。
時間との闘いの干し作業が終わった後も、まだまだ作業は続く。天日乾燥した大量の昆布は、昆布小屋へ運び込んで丁寧に切り揃え、小屋の中の保管テントでさらに乾燥させた後、色つや、重量、幅などの基準に沿って一本一本選別していく。製品に至るまでの工程は、すべて手作業で気が遠くなるほどの手間がかかる。さまざまな工程を経て出荷を控えた昆布は、つややかな黒味をまとい、鼻を寄せると何とも高貴な香りが・・・。
「楽な仕事じゃないよ。手間もかかるしね。でも昆布が好きなんだわ」。昆布小屋を案内してくれたベテランの漁師さんが照れたように笑う。そんな幾重にも刻まれた浜の苦労が、「ダシによし、食べてよし」の良質な日高昆布を支えているのだ。