

月明かりがぼんやりと照らす深夜の荻伏漁港では、漁師さんが黙々とばばがれい刺し網漁の出港準備をしている。あたりが真っ暗なうちに出港し、仕掛けておいた網を引き、また網を仕掛ける。漁船が港に戻ることができるのは太陽が海に傾き始めるころ。12時間以上も船上での作業が連日続く。太平洋沿岸にある荻伏漁港は、年末に向けてばばがれい漁のピークを迎えている。
荻伏漁港では昔からばばがれいを活魚で出荷できるように取り組んでいる。
そのこだわりは鮮度の良さと、もうひとつ大切な理由があるのだと漁師の岩間さんが教えてくれた。ばばがれいは仙台や三陸地区のお正月の定番料理となっていて12月下旬にはたくさんの人が楽しみに待っている。「ばばがれいがないと正月を迎えることができない」という風習がいまでも大切に残っている。通常は水揚げの後すぐに市場に出荷するが、年末にむけてばばがれいの需要が高くなるのを見込み、活魚のまま漁港近くの倉庫で蓄養しているのだ。
船の上では、引き揚げたばかりの網の中でバタバタと暴れるたくさんの魚から、傷のついていないばばがれいだけを選び生簀にいれて漁港へ持ち帰る。少しでも傷が付いていると、直ぐに死んでしまうので船上で網を切ってばばがれいに傷がつかないようにすることもあるそう。漁師歴30年の岩間さんでも活魚で出荷できるのは全体の1~2割程度というのだから、かなり繊細で難しい作業のようだ。
活魚にこだわるからこそ、ばばがれいの蓄養が可能になり、年末だけではなく水揚げが少ない時にも出荷できるようにしているのだという。ただ獲るだけではない。つねに一定量を出荷できるようにしている漁師さんの努力がある。
12月の刺し網漁ではばばがれい以外にもきんき、たら、つぶなどが網にかかる。「刺し網漁につぶがひっかかるの?」不思議に思い聞いてみると、つぶは脂がのった魚を好む美食家で網にかかったばばがれいを食べに寄ってくるのだという。美味しさはつぶの保証付きだ。高級魚とも呼ばれるばばがれい。12月の漁はこの一年間の集大成だという岩間さんの顔には漁への気合いを感じた。